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【독자】 안녕, 하루 우라라... '113연패한 패배조의 별'이 천국으로 여행을 떠났다.

by 스타델라 2025. 9. 9.

【独自】さようなら、ハルウララ…〝113連敗した負け組の星〟が天国へと旅立っていた
【독자】 안녕, 하루 우라라... '113연패한 패배조의 별'이 천국으로 여행을 떠났다.

 

FRIDAYDIGITAL

9/9(火) 17:40配信

9/9(화) 17:40 배포


人間でいえば90歳
인간으로 치면 90세

 

2주전의 하루 우라라. 혈기왕성했지만...... (2週間前のハルウララ。元気いっぱいだったが…… )


かつて「負け組の星」として日本中を熱狂させた一頭の馬を覚えているだろうか。’04年に高知競馬で113連敗という前人未到(?)の記録を打ち立て、その〝弱さ〟ゆえに国民的アイドルとなった「ハルウララ」だ。千葉の牧場で余生を送っていたが、9月9日未明、スタッフらに見守られながら、天国に旅立っていたことがわかった。
과거에 '패배조의 별'로서 일본을 열광시킨 말 한 마리를 기억하고 있는가. '04년에 고치 경마에서 113연패라는 전인미답(?)의 기록을 세웠고, 그러한 '약함' 때문에 국민적 아이돌이 된 '하루 우라라'다. 치바의 목장에서 여생을 보내고 있었지만, 9월 9일 새벽, 스태프 등이 지켜보는 가운데 천국으로 여행을 떠났다는 게 밝혀졌다.

 

【画像】牧草を食べたり、砂浴びをしたり…亡くなるわずか2週間前のハルウララ
【이미지】 목초를 먹거나, 모래 샤워를 하거나... 사망하기 불과 2주일 전의 하루 우라라

「8日の朝は糞をしていなかったので、これはちょっとまずいな、と思い獣医さんを呼んで処置してもらって、夜の間も付きっきりで対処していたのですが……。明け方に容態が急変し、そのまま亡くなってしまいました。本当に残念でなりません」
"8일 아침에는 변을 보지 않아서 이건 조금 위험하다고 생각되어 수의사를 불러 치료해달라고 한 뒤, 밤사이에도 계속 대처하고 있었습니다만...... 새벽녘에 용태가 급변해서, 그대로 사망하였습니다. 정말 안타깝습니다."

悲痛な声でそう語るのは、ハルウララが繋養されていた『マーサファーム』の代表であり、『春うららの会』代表でもある宮原優子さん(42)だ。
비통한 목소리로 그리 말하는 건, 하루 우라라가 여생을 보낸 '마사 팜'의 대표이자 '하루 우라라의 모임'의 대표이기도 한 미야하라 유우코(宮原優子) 씨 (42) 다.

死因は『疝痛(せんつう)』で、食べ物がうまく消化されないことで腸にガスが溜まったり、腸の動きが悪くなると発生する。馬にとって、発生頻度、死亡率ともに高い危険な病気である。ダービー馬のウイニングチケット、サニーブライアン、ロジャーバローズらも、疝痛が原因で亡くなっている。
사인은 '급경련통'으로, (급경련통은) 음식이 잘 소화되지 않아 장에 가스가 차거나 장의 움직임이 나빠지면 발생한다. 말에게 있어서, 발생빈도도 사망률도 모두 높은 위험한 질병이다. 더비마 위닝 티켓, 서니 브라이언, 로저 바로스도 급경련통으로 사망하였다.

「ウララは29歳で、人間でいえば90歳近い年齢だったんですが、本当に昨日までは元気でした。それが急に…。最近は日本どころか、海外からもウララを見学に来てくれる方が増えてきてたんですよ。なので、本当に残念です…」(以下、宮原さん)
"우라라는 29세로, 인간으로 치면 90세에 가까운 나이였습니다만, 정말로 어제까지는 건강했습니다. 그런데 갑자기.... 요즘은 일본을 넘어서 해외에서도 우라라를 견학하러 오시는 분이 늘었는데 말이죠. 그러니, 정말로 안타깝습니다..." (이하, 미야하라 씨)

◆交通安全のお守りにも
◆교통안전의 부적에도

本誌が取材のためハルウララのいる『マーサファーム』(千葉県御宿町)を訪れたのは、8月末。記者の前で牧場を走りまわったり、砂遊びに興じる姿を見せてくれていた。29歳という高齢にもかかわらず、その足取りは若馬のようにしっかりしていた。大きな病気もなく、食欲も旺盛。まさかこの2週間後に亡くなるなんて……。いまだ亡くなったのが信じられない。
본지가 취재를 위해 하루 우라라가 있는 '마사 팜' (치바현 온주쿠마치)를 방문한 건, 8월 말이었다. 기자 앞에서 목장을 달리거나, 모래 샤워에 열중하는 모습을 보이고 있었다. 29세라는 고령에도 불구하고, 그 발걸음은 젊은 말처럼 탄탄했다. 큰 병도 없고, 식욕도 왕성하였다. 설마 이 2주 뒤에 사망하다니...... 아직도 (하루 우라라가) 사망하였다는 게 믿어지지 않는다.

ハルウララの現役時代は、まさに異例ずくめだった。1998年のデビューから一度も勝てず、連敗街道をひた走る。普通ならとっくに引退させられるところだが、そのひたむきな姿が「リストラ時代」の世相と重なり、「負け組の星」として大ブームを巻き起こした。1着になることがないから「当たらない」と、その単勝馬券は交通安全のお守りとして飛ぶように売れた。
하루 우라라의 현역 시절은, 그야말로 이례적이었다. 1998년 데뷔한 이래 한 번도 이기지 못하고, 연패가도를 달리고 있었다. 아마 다른 말이었다면 진작에 은퇴하였을 테지만, 그 한결같은 모습이 '구조조정 시대'의 세상과 겹쳐 보여 '패배조의 별'로서 거대한 붐을 일으켰다. 1착을 하는 일이 없으니 '명중하지 않는다'라며, 그 단승마권은 교통안전의 부적으로서 날개 돋친 듯 팔렸다.

ブームの頂点は2004年3月。当代きっての名手・武豊が騎乗することになったのだ。当日の高知競馬場には1万3000人のファンが詰めかけ、入場制限が行われるほどのパニックに。日本中の期待を背負ったが、結果は11頭中10着。武豊をしてもハルウララにはまったく“歯が立たなかった”のである。
붐의 정점은 2004년 3월. 당대의 명기수 타케 유타카가 기승하게 된 것이었다. 당일의 고치 경마장에는 1만 3,000명의 팬이 몰려, 입장 제한이 걸릴 정도의 패닉이 되었다. 온 일본의 기대를 짊어졌지만, 결과는 11두 중 10착. 타케 유타카로서도 하루 우라라는 '감당할 수 없었'다.

引退後、ハルウララは千葉県や北海道の牧場を転々とするが、最終的に宮原さんの引退場預託施設『マーサファーム』に辿り着く。宮原さんはウララの余生を支えるため、会費制の『春うららの会』を設立。会員を50人と決め、それ以上は募集していない。
은퇴 후, 하루 우라라는 치바현이나 홋카이도의 목장을 전전하였으나, 최종적으로는 미야하라 씨의 은퇴마 예탁 시설 '마사 팜'에 이르렀다. 미야하라 씨는 우라라의 여생을 지탱하기 위해, 회비제 모임인 '하루 우라라의 모임'을 설립하였다. (이후) 회원을 50명으로 정한 뒤, 그 이상은 모집하지 않고 있다.

「ウララで金儲けをしていると思われることだけは絶対に避けなければ、という思いが強くありました。今の会費で、ウララを養う分には十分なんです」
"우라라로 돈벌이한다고 생각되는 것만은 절대로 피하고 싶다는 생각이 강했습니다. 지금의 회비로 우라라를 먹여 살리기에는 충분합니다."

◆「感謝の気持ちでいっぱいです」
◆"고마운 마음만 가득할 뿐입니다."

そんなウララに、予期せぬ転機が訪れた。競走馬を擬人化した大人気ゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』のキャラクターに選ばれたのだ。作中では、負け続けてもけっして諦めない、明るく健気なキャラクターとして描かれ、再び人気が沸騰。若い世代のファンが牧場に足を運ぶようになった。そして2025年6月、ゲームの北米・ヨーロッパ向け英語版がリリースされると、その人気は世界に飛び火した。
그런 우라라에게, 예상치 못한 전환점이 도래했다. 경주마를 의인화한 대인기 게임 '우마무스메 프리티 더비'의 캐릭터로 (우라라가) 선발된 것이다. 작중에서는 계속 져도 절대 포기하지 않는 밝고 건강한 캐릭터로 그려져, 다시금 인기가 비등하였다. 젊은 세대의 팬이 목장에 방문하게 되었다. 그리고 2025년 6월, 북미・유럽을 대상으로 한 (우마무스메 프리티 더비) 영문판이 발매된 것을 계기로, 그 인기는 세계로 뻗어나가게 되었다.

「これまでも中国、台湾、韓国あたりの人たちがけっこう見学に来られていたんですが、英語版が出てから、状況は一変しました。牧場見学の問い合わせメールの送り主が、アメリカ、フィリピン、この間はポーランドからも来ました。最近の見学予約は3分の1ほどが海外の方でした」
"지금까지도 중국, 타이완, 한국 등에서 사람들이 많이 견학을 오시곤 하였지만, 영어판이 출시된 뒤로는 상황이 달라졌습니다. 목장 견학 문의 메일의 발송인이 미국, 필리핀, 얼마 전에는 폴란드에서도 왔습니다. 최근의 견학 예약은 3분의 1 정도가 해외분이었습니다.

日本中を駆け巡ったブームから約20年。多くの人に夢と希望を与え続けてくれたハルウララ。ウララが『マーサファーム』で過ごした時間は、彼女にとってもっとも穏やかで幸せな時間であったのだろう。
온 일본을 뛰어 돌아다닌 붐으로부터 약 20년. 많은 사람에게 꿈과 희망을 계속 안겨준 하루 우라라. 우라라가 '마사 팜'에서 보낸 시간은 그녀에게 있어서도 가장 평화롭고 행복한 시간이지 않았을까.

「最後までわがままを通してましたよ。疝痛の時は腸を動かさなきゃいけないので、昨日も歩かせようとしたのですが、ウララは『イヤだ。私、歩きたくない』って止まっちゃって。でも、わがままなウララだからこそ、たくさんの楽しい思い出があります。ウララには本当に感謝の気持ちでいっぱいです」
"마지막까지 억지를 계속 부렸답니다. 급경련통일 때는 장을 움직이지 않으면 안 되어서 어제도 걷게 하려고 했으나, 우라라는 '싫어. 나, 걷고 싶지 않아'라며 멈춰버려서요. 하지만, 억지를 부리는 우라라이기에, 많은 즐거운 추억이 생겼습니다. 우라라에게는 정말로 고마운 마음만 가득할 뿐입니다."

FRIDAY9月26日号では、亡くなる直前の2週間前、牧場で目撃したハルウララの元気だった姿を報じている。
FRIDAY 9월 26일 호에서는, 사망하기 직전 2주 전, 목장에서 목격된 하루 우라라의 건강한 모습을 보도하고 있다.

取材・文:酒井晋介
취재・글: 사카이 신스케(酒井晋介)

 

출처: 2025년 09월 09일, FRIDAY DIGITAL, https://news.yahoo.co.jp/articles/b0da17fd90c401bf04a08a573286524fd89975bd

 

【独自】さようなら、ハルウララ…〝113連敗した負け組の星〟が天国へと旅立っていた(FRIDAY

かつて「負け組の星」として日本中を熱狂させた一頭の馬を覚えているだろうか。’04年に高知競馬で113連敗という前人未到(?)の記録を打ち立て、その〝弱さ〟ゆえに国民的アイドルと

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